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塩塚モエカ(羊文学)は電通社員だった?女子学院から慶應大学に進んだ才女!

塩塚モエカ(羊文学)は電通社員だった?名門女子校から慶應大学に進んだ才女!

この記事では、スリーピースバンド羊文学のギターボーカル塩塚しおつかモエカさんが電通に勤務していたという噂は本当なのか、名門女子校→慶應大学へと進んだキャリアと共に、電通勤務の過去があるかについて迫っていけたら、と思います。

曲を聴くだけに留まらないコアなファン向けにレアな情報をお届けできたらうれしいです。

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塩塚モエカは電通で働いていた?噂の真相とは?

塩塚モエカさんが電通に勤務していたとの噂がありますが、本当に電通で働いていたかは不明です。
ただ、「もしや電通で働いていたのでは?」と噂が流れた理由が2つあります。

ラジオで広告系会社への就職経験を語ったから

電通のCMプランナーである澤本さん・権八さんがパーソナリティーをしているラジオ「澤本・権八のすぐに終わりますから。」に出演した際に「広告系の会社に就職された時のお話」を話されていて、広告系の会社に勤務していたのは事実のようです。
(現在はその会社も辞め、音楽に専念しているそうです)

が、「電通に勤務していた」とは明言してされていませんので、「広告系の会社 = 電通」とは言えないでしょう…。

また、パーソナリティーの権八さんの投稿にも「某広告会社でのサラリーマン時代の話」とあり、広告系の企業で働いていたことは明確なようです。

短期間だが新橋に通勤していた経験があるから

東京で暮らす人にスポットを当てたWebマガジンのインタビューで

大学卒業後、短期間通勤していた新橋の駅前に建ち並ぶ雑居ビルにもわくわくしました。

と語っていたため、広告系の企業に就職していた経験と合わせて「新橋にオフィスがある広告系の企業 = 電通?」と噂が立ったようです。

が、新橋にある広告系の企業は他にも存在しますし、電通に勤務していたという確証はありません。

とはいえ、名門・慶應大学卒ということで電通に入社していても不思議ではないので、確証はないが塩塚モエカさんが電通に就職していた可能性はあると思われます。

塩塚モエカ(羊文学)の学歴は?出身大学と出身高校

塩塚モエカさんの出身大学や出身高校の学歴を追ってみると、いわゆるエリートコースを歩んできたことがわかります。
過去には↓のような名門に通っていました。

  • 中学 -(女子学院 中学校・・・偏差値69〜76)
  • 高校 -(女子学院 高等学校・・偏差値69〜76)
  • 大学 -(慶應大学 文学部・・・偏差値65)

ご覧の通り、塩塚さんが通っていた出身中学・出身高校は日本トップクラスの難関と言われる「女子学院」。
(「桜蔭おういん」と「雙葉ふたば」と並ぶ「女子御三家」の一校です)

特筆すべきは偏差値の高さ。
高校からの入学者は募集していない、いわゆる中高一貫校のため、中学受験で入学する必要があり、塩塚さんの地頭の良さが伺えます。

また、難関大学を目指す少人数制の塾「成増なります塾」での受験勉強を経て、慶應大学文学部・美学美術史学専攻に現役合格

難関私立中学への狭き門も突破し、名門・慶應大学へも現役合格した塩塚さんは誰が見ても高学歴アーティストと言えるでしょう。

塩塚モエカ(羊文学)の年齢/出身/身長ほかプロフィール

本名塩塚萌夏
生年月日1996年(平成8年)7月3日
出身地東京都
(幼稚園の年長までは
茨城と仙台で過ごす)
身長推定160cm

羊文学のボーカル塩塚モエカさんは年齢27歳。
中学から「はいじ」というあだ名で音楽活動を始めてから、今もなおバンドのメインソングライターとして羊文学を引っ張る存在です。

そんな塩塚さんの、これまでの音楽遍歴やルーツに迫っていきたいと思います。

時系列順で紐解いていきますので、気になったところにジャンプして読んでみてください。

幼少期

元々目立つことをするのが好きで「劇の主役をやりたい!」というような子で、幼稚園の時に流行っていたSPEED矢井田瞳を見て、歌手になろう!と思ったんだそう。

小学校の頃は「歌手になる!」という夢を変わらず抱えながら、シンガーソングライターのYUIがめちゃ好きな友達の影響でアコギに興味が。
また、お父さまが車でかけていたという中島美嘉鬼束ちひろも好きだったのこと。

中学・高校時代

中学校時代は、邦楽だとBUMP OF CHICKENRADWIMPS、洋楽だとジャスティン・ビーバーのアルバム『Under The Mistletoe』をよく聞いていたそうです。

また、片道1時間以上かけて通学していたうえに、好きだった音楽話が周りとできず、クラブを借りてファッションショーをするような高校生たちに混じって裏原宿でよく遊んでいたんだんだそうですよ…。

中学卒業の時にギターを買ってもらってからは「はいじ」という名前で弾き語りを始め、羊文学を結成

>> 羊文学の由来

高校の時にはYuckCancersといったオルタナ/シューゲイザーバンドをよく聞いていて、羊文学が得意とするフワッと包み込むような独特な音楽性の基が育まれたのでしょう。

慶應大学在学時・入学以降

慶應大学に入って1〜2年頃は学業と並行して、ライブハウスでひたすら地力を付けるようなバンド活動していたのだそうです。

そして当時から羊文学として活動していましたが、ギター弾きとしてコピーバンドサークルにも所属。
時には音楽活動に専念するために大学を1年休学するほど熱量を込めて音楽に没頭していたといいます。​

そして、塩塚さんが20歳のときには羊文学として夏の野外フェス「フジロック」にも出演

その後は広告系企業への就職を経て、今では「羊文学」としての活動に加えて、ソロシンガーとしての活動、モデルとしてファッションカルチャーにも活躍の場を広げています。

塩塚モエカは電通で働いていたかは不明です学歴・年齢などプロフまとめ

塩塚モエカさんが電通に勤務していたとの噂がありますが、本当に電通で働いていたかは不明です。
ただ、そんな噂が立ったのは↓の2つの理由からです。

これらの理由から「新橋にある広告系の会社 = 電通」と紐づけるのは力技な気もしますが、働いていた、働いていない、どちらにせよ高学歴の優秀な人という事実に変わりはないんじゃないでしょうか。

そんな優秀な人で、羊文学としての活動だけでなくモデル業にも活躍の場を広げている塩塚モエカさんを応援したいですね!